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『アリとキリギリス』

日本人とタイ人を考えた時に、私はいつもイソップ童話の「アリとキリギリス」を思い出します。タイに住んだ事があったり、タイ人と一緒に仕事をした事がある方は感じたかと思いますが、タイタイにアリアリのような人は居ないと言っていいでしょう。逆に日本日本人は、常に将来に備えて生活しているように見えます。まさにアリアリですね。将来の生活と危機に備えて、何通りもシュミレーションして、どんな時にも他人に迷惑を掛けないように準備をしておく。さすが日本人です。

例えば、仕事でも同じ事が言えます。日本人は常に出さなければいけない結果から逆算して、今は何をしなければならないのかを自覚しています。そして、最終目的までの道のりを何パターンも考えています。これは、タイ人には無いですね。何となく『こうなったら良いな〜』とは思っていますが、明確にゴールまでの道筋はイメージ出来ていません。その結果、『取りあえず、やってみよう!』になります。それで問題なく行けば良いのですが、やはり、問題や障害にぶつかります。その時に何の準備もしていないタイ人はどうにもならなくなります。こちらも、まさにキリギリスキリギリス!

 

それでは、どうしてタイ人はキリギリスなのか!?

私が考えるには、まずは単純に【冬】が無いからでしょう。タイでは1年中農作物が作れます。水不足にならなければ年に3回お米が収穫できます。要するに蓄えておく必要が無いからでしょう。こんな気候に住んでいる人に「アリの気持ち」は分からないと思います。

次に、「他人への迷惑」の考え方だと思います。日本人は「他人への迷惑」を絶対にやってはならない【悪】のように考えているように思えます。タイ人は、この「他人への迷惑」を【悪】とは考えていません。人間は生きていれば必ず周りに迷惑を掛けてしまうものと思っているのがタイ人です。簡単に言えば「お互い様」の行為に入ります。私も周りに迷惑を掛ける事があるだろうが、逆に貴方も同じですよ。という風に考えるので、お互い様なのです。そして本当に困った時には、周りで助けることが出来る人が助けてあげます。これもお互い様の行為の中に入ります。ここで問題なのが、経済的に助けることが出来る人が、助けを求めている人を助けなかった場合に、それを知った周りの人達からは、助けなかった人が【悪】のように言われます。酷い時は、親戚中から村八分にされます。この考え方から「アリとキリギリス」を読んだ場合には、『アリが悪い!』ということになってしまいます。こうなると、何の教訓を教えた話なのか分からなくなってしまいますね。

そして、最悪、食べ物がなくなっても、お寺に行けば食べ物を食べさせてくれます。お寺のお手伝いをすれば、屋根がある所で寝かせてもくれます。そして、それを聞いた近所の人が、更に色々と助けてくれます。ここでも「お互い様」の精神が働いています。

 

結論

私の勝手な結論としましては、アリがキリギリスに、キリギリスがアリになるのは非常に難しいと思いました。タイ人は日本に憧れますが、タイ人が本当に日本に行って、日本企業で働けたとしても日本の細かなルールや責任感にはついていけないでしょう。逆に日本人がタイに来て、タイの緩い環境に居たら不安が募ると思います。

しかし、経済が発展していくには、タイ人もアリ化しないといけないのかもしれません。もしかしたら、バンコクでは既にアリ化が進んでいるかもしれません。

ですが、タイ人がキリギリスの心を失ったら、そこはタイではなくなってしまうのではないでしょうか。やはり、タイ人にはキリギリスのような常に『サバーイ サバーイ』の精神が合っていると思います。

 

 

author:チェンマイを日本語でご案内する『バーン・チェンマイ』のブログ, category:タイの文化風習など, 15:31
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-, 2016/09/16 8:20 PM









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